沿革・歴史
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文化
文政1804~1830年
江戸時代 文化・文政年間創業。
元は川魚問屋だったが、初代勇右衛門が鰻料理屋に転じる。
江戸前鰻がブランド化し繁昌していく中で、町人文化が最も栄えた文化・文政年間では、丑の日に江戸っ子はこぞって蒲焼を買い求めたという。 -
嘉永
1852年(嘉永5年)
相撲や芝居の番付の体裁に倣って出版された蒲焼屋の番付「江戸前大蒲焼」に「浅草 前川」が掲載される。
江戸前大蒲焼番付には、220軒の蒲焼屋がランキングされているという。 -
明治
「前川」の名前の由来は前に川があったから。
店の前に桟橋が作られ、直接桟橋から舟でお店に入るお客さまもいたそう。
舟で中州から柳橋で遊び、前川に立ち寄って蒲焼きを賞味、その後さらに水神へ廻るのが通人のコースとされていた。 -
1892年(明治25年)
明治25年に発行された東京の名店一覧
「蒲焼八串」の項に「駒形 前川」の名が記載される。 -
大正
1923年
関東大震災にて、店は焼失。
四代目 駒吉は大八車に乗せて、上野にタレ壺を避難させたという。 -
1923年以降(関東大震災後)
2階建て店舗を再建。
この頃、時代小説作家 池波正太郎は、幼少期に祖父に連れられて三、四度「前川」に入った記憶があると、自身の著書に記している。 -
昭和
1945年以降
下町大空襲にて、店は焼失。
五代目 公一がこれからの車社会を見通し、江戸通り沿いに店舗を再建。川からはやや離れていたが、窓からはこれまで通り隅田川を望むことができた。 -
離れや大広間もあった店舗。
時代小説作家 池波正太郎、詩人 高村幸太郎、作曲家 山田耕筰など、数々の著名人にもご愛顧いただいた。 -
1951年
東都のれん会加盟。
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1980年代
かつては天然うなぎを扱っていたが、環境保全の観点から、ブランド養殖鰻「うなぎ坂東太郎」を開発。利根川の別称にちなんで名付けた。
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平成
1989年(平成元年)
現在の位置に浅草本店移転。
前川はやはり前に川がなくては、と六代目当主 一馬が隅田川沿いに移すことを決めた。 -
前川ビル設立。不動産事業開始。
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2002年6月
株式会社駒形前川 設立。
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2007年
初の多店舗展開。
都内2店舗目となる新丸ビル店オープン。 -
2012年
都内3店舗目となる東京スカイツリー・ソラマチ店オープン。
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2012年
株式会社MISVAN設立。
スペインワインの輸入事業開始。 -
2016年
7代目代表取締役 大橋一仁就任。
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2018年
モンテネグロワイン取り扱い開始。
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令和
2019年8月
Wine&Dining EKA オープン。
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2022年
時代に合わせて、これまで座敷だった浅草本店の内装を、椅子席に変更。
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2023年7月
初となる真空冷凍商品の開発、発売開始。